キユーピー株式会社
大学の学食でサラダを“ナッジ”するには? 慶應義塾大学×キユーピー共同研究プロジェクトの軌跡
2025年11月20日
キユーピーは、創業以来、食を通じて健やかな生活を支えることを目指してきました。日本で初めてマヨネーズ・ドレッシングを製造・販売し、当時、日本ではまだ一般的でなかった、野菜をサラダで楽しむ食文化を広めてきました。サラダは、健康的な食材である野菜を食生活に手軽に取り入れられるとともに、野菜のおいしさや彩りを楽しめるメニューとして提案を続けています。2023年からは、キユーピーグループが一丸となってサラダファーストを推進しています。
健康的な食事はしたい。でも、情報は探しにいかない若者たち
「健康的な食事を心がけたい」その意識は、大なり小なり誰もが持っているものではないでしょうか。2025年5月に実施したキユーピーの調査でも、健康のために意識していることとして、全年代で「健康的な食生活」が最も重視されていました。
その一方で、特に若い世代に焦点を当ててみると、少し気になるデータがありました。健康に関する情報源を尋ねたところ、20代では約4割が「健康に関する情報は入手しない」と回答しました。これは30代でも約3割にのぼり、健康への意識はありながらも、必ずしも積極的に情報を探しにいくわけではない、という実態が浮かび上がってきました。
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厚生労働省の調査が示すように、野菜の摂取量は全世代で目標量に届いておらず、特に若い世代の摂取量は全世代の中で最も低くなっています。
今回の調査で、この「意識と行動のギャップ」は、若者の野菜不足という社会課題にも繋がっているのではないかと考えました。
様々な手段で情報発信をしているにもかかわらず、そういった発信が届きにくい人々がいることを、こうしたデータが物語っているようにも思います。さらに、「健康のために野菜を摂らなければ」と頭では分かっていても、日々の行動変容にはなかなかつながらない、という現状も大いにありそうです。
若い世代に無理なく自然に、健康的な選択としてサラダを食べてもらうにはどうしたらいいだろうか
プロジェクトメンバーがその答えを探すために注目したのが、心理学と経済学を掛け合わせた行動経済学、そして「そっと後押しする」アプローチ="ナッジ"でした。
キユーピーからプロジェクトに参加した田中は、「お客様には、ふと手に取ったサラダを心からおいしく味わっていただくことで、心身ともに健やかになっていただきたいと願っています。『義務感や強制をあおるのではなく、あくまでそっと行動を促す』というナッジの概念は、キユーピーが推進するサラダファーストの考え方と非常に親和性が高いと考えています。」とプロジェクトの方向性に期待感を抱きました。
そこで、行動経済学分野の専門家の知見と、ターゲットとなる学生の皆さん自身のリアルな視点と感覚を求め、慶應義塾大学の星野崇宏教授の研究室とキユーピーの共同研究プロジェクトが始まりました。
約1年間にわたる共創の始まり
キユーピーと共同研究を行ってくださったのは、計量経済学や行動経済学の専門家であり、企業のマーケティング分野でも多くの実績を持つ、慶應義塾大学の星野崇宏教授の研究室でした。専門的な知見をお借りすると同時に、キユーピーがアプローチしたい世代である学生自身と、どんなナッジがサラダ摂取の行動変容を促すかを一緒に考えたい。そんな強い想いを胸に、第1回目のミーティングを迎えました。
2024年10月、慶應義塾大学星野研究室とキユーピーの共同プロジェクトが始動。場所は、調布市にあるキユーピーグループの複合型オフィス「仙川キユーポート」です。初めて顔を合わせた学生と従業員は緊張した面持ちでしたが、自己紹介やアイスブレイクを経て打ち解けていきました。
参加した学生の動機も様々でした。今回プロジェクトのリーダーを務めてくれた慶應義塾大学の大学生の児島さんは、幼少期から食に関心があり、周囲の野菜嫌いな状況を見て何かしたいと参加してくれました。同大学院生の上地さんは、自身の研究分野とは異なる因果推論の研究に携わる機会として参加してくれました。
星野教授による行動経済学のレクチャーを受け、キユーピーの参加メンバーも学びを深めながらプロジェクトはスタートしました。
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学生の「本音」を探る地道なディスカッション
プロジェクトは、「仮説立て」「検証」「エビデンス化」の3ステップで進行しました。
仮説立てのフェーズではまず、学生食堂での行動観察、アンケート、インタビュー等を行ってペルソナやカスタマージャーニーを作成しました。
児島さんは、「学食でのインタビュー調査が最も印象に残っています。カスタマージャーニーの作成から、インタビュー設計・実施までの一連のプロセスが大変でしたが、学生に直接インタビューする機会が得られたことが楽しかったです。」と、当時の手応えを振り返ります。
こうした地道な調査から、興味深い実態も見えてきました。例えば、一人暮らしの学生は学食でサラダを食べる機会が多い一方、実家暮らしの学生は家で野菜を摂取するため学食ではあまり食べない傾向がある、といった発見です。
キユーピー側もチームをつくって学生の取り組みに並走し、時にはマーケティングに携わるメンバーが、生活者の深層心理を聞き出すインタビュー手法について具体的なアドバイスを行う場面もありました。
仮説立てフェーズの最後では、学生チームとキユーピーチーム双方が、それぞれ考えてきた施策案をプレゼン。双方の案についてディスカッションを行い、検証するナッジ案を選定しました。
学食にナッジの仕掛けを実装して、効果を検証
ディスカッションの末、実現可能性と有効性の観点から、ポスターによって「デフォルト効果」と「クレンジング効果」を盛り込んだメッセージを提示するナッジの介入効果を検証することに決まりました。
- デフォルト効果:最初から設定されている選択肢(デフォルト)が人々に選ばれやすいという心理的傾向のこと。
- クレンジング効果:不快な経験や望ましくない行動のあとに「汚れを落としたい」「リセットしたい」という欲求が強まる心理的傾向のこと。
ポスターでは、サラダを組み込んだおすすめのセットメニュー提示によって選ぶ手間を省き、自然な形で野菜を手に取ってもらう「デフォルト効果」を狙いました。さらに、「最近、野菜いつ食べた?」という文言によって、思わず野菜が食べたくなる「クレンジング効果」も狙っています。
この施策のポイントは、サラダを割引するなどのインセンティブ(金銭的動機づけ)の要素をあえて排除したこと。また、提示するデフォルトメニューの選定には、サラダと一緒に購入されやすい商品を探索する「アソシエーション分析」の結果を用いるなど、データに基づいた工夫も凝らしました。
この「そっと後押しする」アイデアのポスターも、学生が主体となって、見やすいデザインを考えてくれました。しかし、その過程は試行錯誤があったようです。上地さんは「先行研究に基づき、文字量を減らして本当に重要な情報のみを絞り込む作業が大変でした。」と語り、児島さんも「デザインの専門知識がないため、効果的なデザインを試行錯誤しました。自分の感覚と(事前の)アンケート結果が異なることに気づき、印象に残っています。」 と、デザインの難しさを明かしてくれました。
ナッジを詰め込んだポスターの効果でサラダの「購入率」が増加。成果を学会で発表
いよいよ検証のフェーズです。慶應義塾大学の日吉キャンパスの食堂に、学生さんたちが試行錯誤してくれたナッジポスターを掲示しました。効果の推定は、施策を実施した日吉キャンパスと、施策未実施の三田キャンパスの売上データを用い、「差分の差分法(DID)」という統計的な手法で行いました。
その結果、今回のナッジ施策介入が、サラダの「購入率」(購入数/来店者数)増加において統計的に有効であったことが認められました。この共同研究の成果は、アンケートデータを用いた分析結果なども合わせ、2025年8月30日の日本行動計量学会第53回大会にて発表※を行いました。
※ C23C-4. ナッジを用いた, 大学生がサラダを摂取するきっかけの探索と検証
上地さんは「この活動を通じて野菜不足のデメリットや野菜を食べるメリットを再認識し、一人暮らしで野菜をほとんど食べていなかったのですが、プロジェクトを通じて積極的に野菜を摂取するようになりました。」と、行動変容を実感していました。
左から4番目:上地さん、右から3番目:児島さん
小さなきっかけから、すべての人の健康な食生活の未来へ
キックオフで目的を共有し、学食で学生が自然にサラダを食べてもらうためにはどうしたらよいか、という課題について皆で頭を悩ませ、検証、分析、そして学会発表までを終えて、プロジェクトはいったんの収束を迎えました。
今回の慶應義塾大学との共同研究の取り組みは、キユーピーにとって、若者へのアプローチ方法を根本から見つめ直す、非常に貴重な機会となりました。食品そのものをミクロに深掘りする従来の視点に加え、本プロジェクトで行動経済学というマクロな分析分野に触れられたことは、大変刺激になりました。
キユーピーの田中は、「キユーピーがお届けする食品の先には必ずお客様がいます。『もっと前向きにサラダを食べてもらう』という行動変容を実現するためには、商品だけでなく、人の行動やその奥にある心を見つめる大切さを改めて痛感しました。また、学生とのコミュニケーションを通じて、何気ない行動の背景にある機微や本音に触れることができたのも大きな収穫でした。」と振り返ります。
学生の皆さんにとっても、学会発表やグループ作業での協調性など多くの学びがあったことは、キユーピーのプロジェクトメンバーにとっても大きな喜びであり、今後、この結果を社会へ展開していきたいと考えています。
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前列右から二番目:キユーピー田中
キユーピーはこれからも、多様なパートナーの皆様との「共創」を通じて、誰もが無理なく、楽しく、健康的な食生活を送れる社会の実現に貢献していきます。
慶應義塾大学 大学院経済学研究科委員長 星野崇宏教授(経済学部)からのコメント
今回の共同研究では弊学の2食堂を介入条件と対照条件にするという大規模なものです。私も企業様と様々な共同研究をしておりますが、なかなか実証実験を生協食堂のような第三者を含めて行うことは困難です。様々な交渉の末、学生とキユーピー様のプロジェクトメンバーの熱意および協力によって学術的に確かな研究デザインでフィールド実験を行えたことに感謝いたします。
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