一般社団法人LIVING TECH協会
【暮らしDX最前線(前編)】オープンスタンダード「Matter」が変えるユーザー体験と日本のスマートホーム市場拡大の可能性
2025年12月05日
「人々の暮らしを、テクノロジーで豊かにする。」をミッションに掲げ、2020年に業界横断型、実践的アライアンスの推進により、スマートホームの普及をはじめとする「暮らし領域のDX」を目指すLIVING TECH協会(以下「LTA」)。
2025年6月に、「Matter」等のIoT標準規格を策定するConnectivity Standards Alliance(以下「アライアンス」)とマーケティング連携協定を締結(2025年6月23日プレスリリース)し、日本国内における「スマートホーム」やIoT標準規格「Matter」の普及啓蒙活動を行っています。
今回、アライアンスのCEOであるTobin Richardson氏とテクノロジーストラテジストのChris LaPré氏、また同アライアンス日本支部代表の新貝文将氏を迎え、LTAの代表理事である山下と、同事務局長の長島が、メディアではまだ深く語られていない「Matter」や「スマートホーム」についてお話しを伺いました。前編・後編の2回に分けてその模様をお届けします。(対談は2025年10月にリノベる。表参道本社ショールームにて実施。記事公開時点で情報が更新されているものは追記。)
左からConnectivity Standards Alliance Chris氏、Connectivity Standards Alliance CEO Tobin氏、LIVING TECH協会代表理事/リノベる 山下智弘氏、Connectivity Standards Alliance日本支部代表/X-HEMISTRY 新貝文将氏
■はじめに
長島:Tobinさん、Chrisさん、ようこそいらっしゃいました。新貝さんも本日は宜しくお願いいたします。
Tobin:久しぶりに(6月の協定調印イベント以来)お会いできて嬉しいです。よろしくお願いします。
長島:まずはじめに、Tobinさんのご経歴と役割を改めて教えてください。
Tobin:ご存知の通り、私は今、Connectivity Standards Allianceの社長兼CEOを務めています。アライアンスの前身はZigbee Allianceですが、2008年にZigbee Smart Energyの規格推進に関わり、2014年から現職を務めています。アライアンスでは、IoTの「囲い込み」を打破する相互運用可能な標準「Matter」の立ち上げを主導し、オープンなグローバル標準を通じてIoTを簡素化し、より持続可能な世界を構築することを使命としています。Zigbee Allianceに参画する前までは、電気・ガス・太陽光などのエネルギー業界に身を置いており、Zigbee Smart Energy を電力業界向けのオープンな接続標準として確立することに情熱を注いでいました。
長島:ありがとうございます。それでは、LTAの代表理事、山下さんも簡単なご経歴と今の役割を教えてください。
山下:まず、Tobinさん、Chrisさん、新貝さん、今日はお忙しい中、貴重な機会をいただきありがとうございます。私は「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」をミッションに掲げ、統合型リノベーションプラットフォームを構築し、リノベーションをスタンダードな選択肢とすることを目指して、日本全国で事業展開しているリノベるの代表を務めています。
技術革新は目覚ましいのに、実はアナログな建築にテクノロジーを掛け合わせて、アップデートできる暮らしを提供しようということで、2015年に、本社に最新テクノロジーを体験できる実験場(Connectly Lab.)を作ったり、2016年にはソフトバンクさんと、リモコンばかり増えてしまう不便や面倒を解決すべく、家電やIoTデバイスをスマホひとつでコントロールできるようにする「Connectly App」というアプリを開発していました。
しかし、2017年にGoogleやAmazonがスマートスピーカーを販売開始して、いろいろ調べていると、Connectly Appで実現したい世界観と近しいことがわかり、グローバルのテックジャイアントが推し進めようとする「スマートホーム」を軸にしていこうと考え、2018年からはリノベるのショールームはほぼすべてスマートホーム化しています。先ほど(事務局の)長島さんからご紹介したように、ここ(リノベる。表参道本社ショールーム)も、設計の段階からスマートホーム化を前提にリノベーションして、スマートホームを活用した暮らしをお客様に体験していただいています。
新貝:ショールームで案内されるスマートホームの体験で、お客様はどのような反応ですか?
長島:一番反響があるのは、カーテンと照明です。自分の手を使わずに操作できることと、照明については、色温度が変えられることに驚くお客様が多いですね。 このショールームでは、「アレクサ、おはよう」と声をかけると、リビングのカーテンが開き、照明が目覚めのよい白色系で点灯し、Alexaが今日の天気とスケジュールを教えてくれます。
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(リノベる。のショールームで体験できるスマートホームの体験例)
「アレクサ、いってきます」というと、カーテンが閉まり、照明やテレビ、エアコンが消え、ロボット掃除機が掃除を始めてくれます。玄関の照明だけは声をかけてから1分後に消灯するように設定しています。コロナ禍も開けて出社される方が多い今、慌ただしい朝をバタバタせずにゆとりをもって1日がスタートできるということに驚かれる方も多いですね。
「ただいま」では照明は暖色系で落ち着いたトーンで点灯しますし、「おやすみ」では就寝準備がまとめてできる、といった生活シーンに合わせても同様に複数の機器や家電が連携するようになっています。
新貝:生活のシーンに合わせた体験は、、初めてスマートホームを知る方にとって、とてもわかりやすい体験ですね。
■スマートホームの課題を解決すべく立ち上がった2つの団体
長島:続いて、アライアンスの設立背景や現状について教えてください。
Tobin:もともとは、IoT(モノのインターネット)の基盤と未来を構築することを目的に、2002年にZigbee Allianceとして設立されました。その後、ニーズも増え、カバーする領域も増えてきたため、2021年5月に現在の名称に変更され、そのタイミングで「Matter」が発表されました。
Zigbee Allianceが設立される前、1990年代に、インターネットの商用利用が始まってから、自律的に無線ネットワークを構築する「アドホックデジタル無線ネットワーク」の概念が誕生しました。そして、2002年に、低消費電力、低データレートの無線通信規格「Zigbee」の開発と普及を目的としたZigbee Allianceが設立されています。活動しているうちに組織としての活動範囲がZigbee以外にも広がってきたため、改称して今に至ります。
アライアンスでは、インターネットやスマートホームの普及が進み、各メーカーがしのぎを削る中、個社ごとに閉ざされたエコシステムには限界があると考えています。消費者が安全かつ簡単にネットワークに接続できるよう、相互運用性の確保や、普及しやすく開かれた標準化の必要性から、IoTの基盤となるオープンで普遍的な標準を策定・推進することを目的に、Amazon、Google、Appleなどのスマートホームに取り組むグローバルテック企業が参加する形で、動き始めました。IoTデバイスの開発を促進し、より直感的で便利な世界の実現を目指しています。
長島:2024年4月には日本支部(JAPAN INTEREST GROUP、以下「日本支部」)も設立されました。この設立背景や現在についても教えていただけますか?
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Tobin:アライアンスは、世界中の企業や個人からなるコミュニティであり、世界市場の発展を支える標準規格の策定に注力しています。JIG設立の目的は、機会(Opportunity)がある市場を開拓することです。特定の地域に焦点を絞って企業が集積することで、オープンスタンダードが提供する機会について啓発し、解決すべき問題の特定と解決を支援できると考えています。すでにヨーロッパと中国で支部(Interest Group)を設立しており、日本が3番目の支部になりますね。
日本支部の設立は、Matterの世界的な取り組みが日本市場で非常に有益であると複数の企業が認識したことと、新貝さんをはじめとするメンバー企業が、日本のスマートホーム市場の成長を支援するために、新貝さんをはじめ、主要メンバーが、日本での活動に注力したいと表明して立ち上がってくれたことが日本支部設立に至った理由です。
日本支部の役割は大きく2つあります。1つ目は、市場促進、2つ目は、日本市場に即した要件の標準化に取り組むこと、つまり、グローバル標準ではカバーされていないデバイスの種類やユースケースなどを標準化していく動きです。ひとつ大事な考え方をお伝えしておくと、「標準は生き物」で、継続的に成長し、実際の製品やユーザー体験に合わせて適応していく必要があります。
日本支部の活動への期待と同時に、彼らが解決しようとしている課題にも大きな期待を抱いています。ご存知の通り、相互運用性こそが、未来のスマートホーム、そして今日のスマートホーム、そして現実の課題解決の基盤となると私たちは考えています。だからこそ、日本のスマートホーム市場の成長には、日本支部の活躍が必要だと考えています。
山下:グローバルで3つ目となる日本支部が設立されたことは非常に興味深いと感じています。私が数年前にCES(ラスベガスで行われる世界最大級のテクノロジー見本市)に視察に行き、日本に来ていないスマートホームプレイヤーに、日本での展開はしないのかと問いかけたところ、「日本はユニークな市場だから視野に入れていない」という返事がほとんどでした。
この「ユニーク」は、誉め言葉ではなく、逆の意味で、特殊なマーケットで日本固有の問題が多く、ビジネスチャンスを見いだせない市場だと思われているということです。数年経った今でも、そういう見られ方をしているのではないかと思っていたので、「日本市場には機会(Opportunity)がある」というTobinさんのお話はとても意外に感じました。
Tobin:日本の市場環境は、日常生活においても、デジタル機器が普及していて、快適性・利便性・安全性を高める機会が存在します。今までスマートホームが普及しなかったのは、「複雑さの管理」ができていなかったからだと考えています。メーカーが閉鎖的なエコシステムで複数のデバイスをサポートしようとすると、相互運用性が確保できないので、機能しませんでした。
しかし、日本はテクノロジー先進国です。そして、「良い生き方(クオリティ・オブ・ライフ)」に対する意識が非常に高い社会です。テクノロジーの活用方法や生活への直感的なフィット感に対する意識の高さは、オープンスタンダードに支えられたアライアンスにとっても、大きな成果を生み出す良い組み合わせになります。また、消費者が求めるレベルも高いので、日本で何らかの課題が解決できれば、それは海外にも展開できる内容であるという点も魅力的です。
新貝:まさに今、Tobinが話したように、ベースとなる素地はあるものの、日本は言葉や文化の違い、品質への要求の高さから、海外からの参入が難しい側面があることは、山下さんのおっしゃるように間違いないと思います。私は、X-HEMISTRYの立場では、海外のスマートホームプレイヤーの日本進出をアシストする立場ですが、彼らに対しては、日本の現状や構造を説明し、「こうやったら入ってこれるよ」と道先案内をすることで、日本進出の判断材料を提供しています。
長島:日本はデジタル先進国であるがゆえ、普及の可能性は大いにあるということですね。とはいえ、まだまだ日本の普及率はスマートホーム先進国と比べると低いということは、各調査機関などのサーベイなどで明らかですが、逆に、スマートホーム先進国と、後進国である日本との共通点のようなものはどこにあるのでしょうか?
Tobin:文化やデザインの違いはありますが、私たちは皆人間であり、先ほど申し上げた「安全でいたい」「安心したい」「楽しく生活したい」といった基本的なニーズはどの国においても変わりません。また、住宅においても、ドア、冷蔵庫、バスルーム、寝室といった基本的な構成要素は、世界中どこでも共通しており、同様のデバイスを必要とします。それぞれの暮らしの中のユースケースが標準規格の基盤であり、私たちはあらゆる市場で役立つ多様なユースケースをサポートする方法を見つけることに注力しています。
国ごとの違いとしては、エネルギーコストが高く容量が限られている地域では、エネルギー効率化の導入が早い傾向があります。日本はアメリカよりもエネルギー効率化への意識が高い可能性があり、政府のプログラムも消費者にとって分かりやすい傾向にあります。一方、アメリカではテレビの裏につけるライティングシステムのような、エンターテイメントに関する期待値が高い傾向があります。また、日本はアメリカに比べて住宅密度が高いという点も、大きな違いです。しかし、インフラ的な考え方をすれば、基本的な求められているところは同じです。
山下:確かにおっしゃるように、スマートホームは日本でも海外でもベースは「家」である、そしてそこに住むのは「人」である、ということは共通していますね。文化や環境の違いで普及の差を感じていましたが、「家」という生活のベースは日本も海外も共通していること、そして日本はデジタル先進国であるという、Tobinさんの視点も新貝さんの視点も非常に納得できました。
長島:ありがとうございます。日本はスマートホーム後進国ではあるものの、協会としてもそれはネガティブではなく、大きな市場の可能性があるとポジティブにとらえています。それでは山下さん、LIVING TECH協会の設立背景を教えてください。
山下:私は、以前から「テクノロジーが暮らしを変えていく」と信じていて、2017年に「Living Techカンファレンス」というカンファレンスイベントの主宰を務めました。これは、業界横断で新規事業を住空間にとどまらず、"まち”や"ひと”"おかね”も含めた"暮らし領域”全体で考えていこうと、様々な領域のプレイヤーに集まっていただいて、1つのテーマを多角的に議論するスタイルのパネルディスカッションをすることで化学反応を生みたいという意図で催していました。
ありがたいことに、これが登壇者にも聴講者にも好評で、翌2018年には「社会課題の解決」をテーマに加え、規模を拡大して、第2回のカンファレンスを行いました。このカンファレンスを通じて、登壇いただいた皆様や参加者の声を聴き、この活動を単なるイベントにとどめるのではなく、社会実装まで持っていけるような組織体にしていけば「アップデートできる暮らし」が加速するのではないかと考えました。
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(協会設立前の2018年に行われたカンファレンスの1コマ)
そもそも私が身を置いている建築という領域は、土木も含めて技術的な発達が目覚ましい分野であるにも関わらず、ITによる情報革命の時代にはうまく対応できていないともどかしさを感じており、リノベるの代表としても「建築」というこの大きな領域に、もっとテクノロジーが入ってほしい。その思いを実現するには、まだまだ小さいベンチャー企業1社だけでどうにかなる話ではないので、「LivingTech」という名前を掲げて、いろいろな企業を巻き込みながら広めていこうと考え、カンファレンスでキーマン数名にご登壇いただいたアマゾンジャパンさんにご相談したところ、アマゾンさんも単独でスマートホームの普及は実現できない、各メーカーの製品との連携で初めて価値提供できると考えているので、仲間を集めて活動しようということで、共同代表になっていただき、協会設立をするに至りました。
長島:ありがとうございます。この時の想いが、専門団体ではなく業界横断のスタイルで、広く暮らし領域にアプローチする今の協会のスタンスや会員構成になっていますね。
山下:そうですね。スマートホーム産業カオスマップを初版から監修協力いただいているX-HEMISTRYさんや、グローバルでスマートホームを推進するアマゾンジャパンやアイロボットジャパンなどBtoCのスマートホームプレイヤー、三菱地所・アクセルラボ・リンクジャパン・LIXIL・パナソニックなどのBtoBのスマートホームサービスを提供するプレイヤーに加え、リノベるや日鉄興和不動産、JR西日本プロパティーズ、ヤマダホームズなどの住宅供給事業者や、NTTドコモやNECプラットフォームズなどの情報通信分野の企業など、大手や中堅、ベンチャー・スタートアップ企業に参画いただいています。
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(LTAの会員構成(2025年11月現在))
我々が大事にしたい視点は、「ユーザー視点」です。メーカーなどは、よくプロダクトアウトと言われますが、使うのはユーザーであって、そのユーザーが使いたいと思わなければ普及はしないので、常にその視点は持つようにしています。家電王の中村剛さん(東京電力エナジーパートナー)に顧問として参画いただいているのも、長くユーザー視点で活動されていらっしゃり、その視点で協会活動をサポートいただきたいという思いからです。
長島:事務局としてユニークだなと感じているのは、必ずしも「テック企業」ばかりが集まっているわけではないという点です。例えばYogiboさんは、2021年のカンファレンスでスポンサードいただいたことをきっかけに、意見交換する中で、「Yogiboでくつろいでいるときに、リモコンを取りに行ったり照明の壁スイッチを押しに行ったりと家電の操作は面倒で、スマホや音声で対応できるのはもしかしたら相性が良いのではないか」と、「アナログ×デジタル」の視点でシナジーが期待できると意気投合して参画いただくことになりました。ライオンさんも洗剤などの消費財メーカーですが、デジタルと掛け合わせることで新たな価値提供ができないかということで、電通さんと日鉄興和不動産さんの「HAUS UPDETA」プロジェクトに参画されています。(HAUS UPDATA:第1弾、第2弾)
新貝:そういえば、先日、電通のプロジェクトリーダーの前川さんと、日本のスマートホーム市場や未来の住宅をテーマに対談しました。(対談記事 https://dime.jp/genre/1986544/)
長島:その記事、拝見しました。複数の協会参画企業がこのプロジェクト参画して動いているのは、事務局としてもうれしい限りです。
新貝さんとは、お会いしてから間もなくLTAに参画いただき、2023年から毎年発行している「スマートホーム産業カオスマップ」の監修やセミナー登壇等、幅広く活動にご協力いただいていますが、2024年の春ごろ、ちょうどアライアンスの日本支部の設立くらいの時期に、一緒に飲む機会があって、日本のスマートホームの普及が進まない要因の仮説についてお話ししましたね。
(2024年12月のJAPAN BUILD TOKYOの講演の模様)
LTAの理事会でも議論していたのですが、BtoCの普及を妨げている要因のひとつが、ユーザーが自分でセットアップする難易度の高さで、「Matter」がこのハードルを解除する普及の起爆剤になるのではないかと考え、「Matter」の認知啓蒙をオフィシャルで支援していただけるよう、アライアンスとLTAが何らかの形で連携できないかとご相談させていただきました。
新貝:そうですね、そんな話もしていましたね。かれこれ1年半くらい前になりますね。
長島:それから少し間が空き、昨年(2024年)の年末に近づいたころ、Tobinさんが来日されるからご紹介します、と場を設けていただき、2025年の初春に新宿のホテルでTobinさんと初めてお会いしました。LTAの活動や、「Matter」がスマートホーム普及の起爆剤となると考えているということをお伝えし、LTAでもMatterの認知啓蒙活動に取り組みたいという協会としての考えや思いをお伝えしました。
新貝:Tobinも非常に良い連携ができそうだということで、本部に持ち帰って検討してもらい、共同マーケティング連携を締結しようという運びになりましたね。
山下:そのご縁があって6月に協定も締結させていただき、今日こういったお話しができることを非常に感謝しています。
長島:私も同感です。協会として日本国内での普及に向けた活動の幅が広がりますし、我々だけではできないことも一緒に情報発信できるのはありがたいです。
(2025年6月の協定調印後に行われたMatter勉強会@リノベる本社)
■スマートホームを共通言語で変える:普及の起爆剤と期待される「Matter」とは?
長島:今日の本題である「Matter」について教えてください。Matterが生まれる以前にもZigbeeやZ-wave等、多くのIoT規格が存在していますが、その中で「Matter」が生まれたことや、「Matter」でなければ解決できなかった課題があったのでしょうか?
Tobin:Matterの前身は「Zigbee」で、スマートホームの土台となる通信技術のひとつです。MatterができたからZigbeeがなくなるというわけではなく、Zigbeeの技術は引き続き活用されていきます。Matterはその上級レイヤーで、各規格で異なる言語を「共通言語」に翻訳して、異なる通信技術を持つデバイス間での連携を可能にし、よりシームレスなスマートホーム体験を提供することを目指して、2022年10月にリリースしました。
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ZigbeeとMatterは目的の違いが明確です。Zigbeeは、低消費電力と、安定したメッシュネットワークに特化した通信プロトコルとしての側面が強く、Matterは、メーカーやプラットフォームの垣根を越えて、スマートホームデバイスの相互運用性を実現し、消費者の利便性を高めるための上位のアプリケーション層規格という位置づけです。つまり、Zigbeeは活かしつつ、Zigbeeが弱かった部分をMatterが包括してスマートホームエコシステム全体を強化するために開発されています。
新貝:私がよく説明で使うスライドを見ていただくとわかりやすいと思いますが、Matterは、ZibBeeなどの通信規格やプロトコルを包括して共通言語で管理します。たとえばWi-Fiは「広い範囲に大容量のデータを運ぶための道路」、Bluetoothは「近い距離でちょっとしたデータを運ぶための専用通路」の役割を持っており、これらのおかげで色々なものがインターネットとつながるようになりました。
しかし、各規格で「右側通行なのか左側通行なのか」「どんなルールで合流するか」「信号が赤なのか青なのか」という走り方のルールがバラバラでした。つまりデバイス同士が「どう話すか」が決まっていなかったので、「道路があるのに会話が通じない」世界で、バラバラで分断されていたわけです。
これを、「みんなで共通言語を使おう」「英語のように世界共通の標準語を作ろう」「曖昧な表現で意思疎通が躓かないように、話し方も一定のルールを設けよう」と「データモデルとプロトコルを標準化」をしたものがMatterです。
デバイス単体で使う分には苦労はしないのですが、機器類を繋げてスマートホームの利便性を享受するのに、共通言語がないことがいろいろな障害になっていました。これが、先ほどTobinが言っていた「複雑さの管理」です。
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(Matterの構造(新貝氏noteより引用))
長島:バラバラだったものをつなげてくれる役割を、Matterが新たに担うものとして生まれたのですね。非常にわかりやすく理解できました。先ほど、通信規格やプロトコルの話に少し触れていただきましたが、改めてMatterでないとできないことは何ですか?
Tobin:シンプルに表現するなら「エコシステムの構築」と「断片化(fragmentation)の解決」です。従来の取り組みは、スマートホームの価値を証明してくれました。これはよかった結果ですが、ひとつの会社が全てを包括できるわけではないので限定的、つまり消費者の選択肢が限られ、イノベーションが起こらず、市場全体の課題解決にならずに普及に至りませんでした。また、セキュリティも十分に確保されているとは言えなかったり、何度か言及されていた初期設定の複雑さなども要因としてありました。
スマートホームは約20年前から取り組みが始まっていますが、いろいろな課題に直面した都度、その課題を解決してきたものは、オープンスタンダードであり、これが真の成功のカギとなってきました。中でも重要だったのがインターネットプロトコル(IP)の登場です。しかし、まだまだ複雑なことが多く、インターネットも同様に複雑でした。あらゆる場所であらゆるデバイスでブラウザを起動するのですが、これを地球上のあらゆる場所にあるサーバーにアクセスできる標準を採用し、機能させることで広がりを見せてきました。
今後はこれらを低遅延で実現させていくことがいろいろな分野で求められるようになります。スマートホームだけでなく、スマートビルディング、スマートヘルス、スマートエネルギーなどあらゆるIoTアプリケーションで同じことが起きていくでしょう。技術はあっても機能しなかったのは、いろいろな要因が複雑に絡み合いますが、一番大きい要因は、拡張性・オープン性がなかったことで、そのため断片的な体験に留まってしまっていたのです。
今勢いのある「AI」も、定義されたのは50年前で、長い間研究されてきましたが、大規模言語モデルが定着し始めたのはつい最近になってからです。様々な新しい技術が市場で使われるように有用化するまでには長い時間がかかります。スマートホームもあらゆるデバイスがインターネットプロトコルに対応していることは、一般普及するにあたっては重要なポイントで、あらゆるデバイスをサポートするオープンネットワークという概念は不可欠です。過去の教訓を乗り越え、普及加速させるためのオープンな規格Matterが生まれたことと、デバイス類の価格もローコストになってきて、消費者がそれを受け入れる準備が整った「今」が最も普及の加速に向けた良い時期だと考えています。
新貝:アライアンスからも公表されていますが、Matterのよい点はシンプルに4つです。ひとつめは、「セットアップの簡便性」です。対応デバイスがみつかるとスマートフォンにポップアップ通知が来て、設定を選択すると、カメラが立ち上がり、デバイスのQRコードを読み取るだけでセットアップが完了します。2つめは、「相互運用性」です。エコシステムに制約がなく、Amazon、Google、Appleなどのメジャーなエコシステムであれば容易に連携が可能です。3つ目は「レスポンスの快適性」、最後に「複数のアプリやプラットフォーム間で容易に共有ができる点」です。
これ以外にもMatterのメリットはあって、私がよく説明するポイントは、セキュリティとスマートフォンのOSであるiOSやAndroidもMatterがサポートしていることで、これもユーザーメリットが大きい点ですね。AppleとGoogleがリードしているので必然で、スマートフォンとデバイスや家電が繋がる土台があると。今まで横断的に機能する規格がなかったので、Matterの一番大きな役割はここだと思っています。
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(アライアンスHPの資料より引用)
前編では、暮らし領域におけるテクノロジーの代表格である「スマートホーム」の普及を進める2団体の成り立ちや、従来課題であったメーカー分断を解決するグローバル共通規格「Matter」についてご紹介してきました。後編では、さらに踏み込んで、Matterの開発秘話や、Matterのブランディングや今後の展開についてお話しを伺います。
後編に続く
【暮らしDX最前線(後編)】オープンスタンダード「Matter」が変えるユーザー体験と日本のスマートホーム市場拡大の可能性
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