株式会社トシプラ

父の技術を私たちの時代へ。事業を受け継ぐ三姉妹の挑戦。特許品・組立式浮桟橋「PK²(ぷかぷか)フロート」を全国へ

2025年12月09日

滋賀県東近江市にある株式会社トシプラは、プラスチック製品製造の中でもニッチな市場を持つブロー成形を行っている会社です。ブロー成形とは、原料を流し込んだ金型に空気を吹き込み、膨らませて成形する手法で、ポリタンクやペットボトルなどを作る時に用いられます。同社はこの技術で11の特許を取得。主力製品はケーブルや光ファイバーなどを通す地中埋設管の接続に用いる継ぎ手で、大手企業の下請けとして大きなシェアを誇っています。


創業は1989年、現会長である父・利川 暉(としかわ・あきら)さんが株式会社利川プラスチックとして設立しました。2016年に社名を現在の「株式会社トシプラ」に変更、2018年には次女、三女、四女の三姉妹が事業を受け継ぎ、次女・智子(ともこ)さんが代表取締役社長に就任、工場長の三女・綾子さん、設計・デザイナーの四女・舞子さんとともに新たな体制で会社を運営しています。


事業承継のきっかけは、「下請けではなく、自社ブランドの製品を作って売るメーカーになりたい」という父の思い。技術者である父とともに三姉妹はアイデアを出し合い、独自のブランド製品の開発に取り組んでいます。

中でも、現在、自社製品としてシェアを伸ばしているのが、組立式浮桟橋「PK²フロート(ぷかぷかフロート)」。主に水上の足場として使用されており、販売とレンタルで全国展開に力を入れているところです。


未経験の業界に飛び込み、父が培ってきた技術を自社製品として広く発信するべく挑戦を続ける三姉妹。製品を自分たちで売る経験をしたことがない経営陣が、ゼロから直販をはじめ、全国展開を果たすまでのストーリーをお聞きしました。


(写真:㈱トシプラ 代表取締役 利川智子)


●父から経営を受け継ぎ、35歳で社長に就任。コロナ禍と重圧を乗り越えて、家族結集の力で挑戦


・・・最初に、事業を受け継がれた経緯を教えてください。


もともと父は私たちに「仕事を一緒にやらないか」と誘ってくれていました。四女はすでに設計・デザイン部門を手伝っていたのですが、金融機関に勤めていた三女が「やる」と決意したことに刺激を受け、「三人ならできるはず」と、私も勤めていた会社を辞めて方向転換しました。

入社したのは2013年、父は60歳でしたが、その頃から「あと5年で社長を交代する」と言っていました。父は柔軟な考えの持ち主で、事業を受け継ぐのに年齢も性別も関係ない、むしろ「女性社長、かっこいいよね」という感覚で、私自身も子どもの頃から学級委員に立候補するタイプだったので、「やろうかな」という自然な流れでした。


「下請けから脱却し、自社製品を作るメーカーになりたい」という父の思いもあり、入社後は自社製品の開発に取り組みました。その中で、メーカーへの転換に向けてイメージチェンジを図ろうと、2016年に社名を変更しました。もともと家族間では社名を略して「トシプラ」と呼んでいたので、そのまま覚えやすい社名にしようと、父の賛同も得て変更しました。


・・・その後、2018年に社長に就任され、変化したことはありますか?


経営者として、姉として、絶対に全員で沈むわけにはいかないと、自分なりに覚悟を決めました。妹たちの意識も変わり、会社では社長である私を尊重し、プライベートでは仲の良い姉妹として関係性は変わることなく、それぞれの立場で、それぞれの得意分野を生かして一緒に取り組んでいます。

いまだから話せることですが、最初の1、2年ほどは本当にしんどい思いをしました。就任当時は35歳で、経営者の集まりに参加しても父と同世代か上の方たちばかりで、自分の未熟さを思い知らされ、悩んだ時期がありました。それでも支えてくれる妹たちの姿に励まされ、再び立ち上がることができました。いまは40歳を過ぎて、ようやく周りの経営者の方々も同世代が多くなり、気持ちも楽になって自分らしくいられるようになりました。




●自社ブランド製品「PK²(ぷかぷか)フロート」開発。直販経験ゼロから挑戦し、ホームページと口コミで受注を獲得


・・・「PK²(ぷかぷか)フロート」開発のきっかけを教えてください。


フロート製品自体は創業当時から作っているもので、主に水上の足場として、マリン施設や水上イベントなどでの需要が主体です。私たちは下請け製造のみで、販売は代理店経由。2か月に1回はコンスタントに注文が入っていたのですが、コロナ禍で受注がゼロになり、窮地に立たされました。当時、第一波が落ちつきそうだった頃、大規模なイベントが予定されていて、一年間分の受注数を見込んでいたのですが、それが第二波の到来でキャンセルになってしまったんです。さらに追い打ちをかけるように代理店が海外製品の輸入を行うことに方向転換され、当社の売上の3割ほどがすべてなくなりました。

この事態を何とかしなければと、みんなで知恵を絞りました。私たちは開発から製造まで一貫体制で行っており、製品の金型も自社の資産として持っています。そこで、この強みを生かし、特許品として商品価値を高め、自社ブランド製品として販売することに決めました。


(PK²(ぷかぷか)フロート)



・・・初めての自社製品販売で、苦労されたこと、工夫されたことは?


苦労したのは、「売り方がわからない」ということでした。製品をつくるのは得意でも、それまで下請けでやってきたので直販をしたことがなく、営業自体もしたことがありません。誰に向けて広報するのか、誰がこの製品を必要としているのか、その人たちにどうやってつながるのか。市場の状態もわからないまま、手探りの状態でした。

打開策として考えたのが、ホームページの役割を見直し、営業の中心に据える体制をつくることです。最初は高額な製品をホームページで売るというイメージがなかったのですが、妹たちは発想が柔軟で、営業に行けない状態を打破するために、情報をすべて公開して問合せを待つという受け身の営業スタイルに決めました。


同業他社との差別化を図るため、まず実施したのが製品価格の公開です。すべての価格をオープンにすると、これが功を奏して効果が出始め、もともとフロートを使用しておられたお客様から問合せが入るようになりました。

価格を公開したことで、お客様は予算感をつかみやすく、見積提出時の相違も少なくスムーズに契約を進めることができます。また、常に新しい情報を発信し、納入事例紹介やQ&Aなど、お客様が知りたいこと、気になることも、すべてホームページで解決できるよう工夫し、内容の充実に努めています。その結果、「全国どこへでも納入できますよ」、「こんな使用例もありますよ」ということをタイムリーに伝えられ、販路の拡大にもつながっています。


(ホームページ画面:製品価格を公開)



●特許技術を駆使した業界初の凹みにくい「PK²(ぷかぷか)フロート」。運搬しやすく、組み合わせ自由、水上の工事からイベントまで幅広く対応


・・・「PK²(ぷかぷか)フロート」の特長を教えてください。

特長は、フロートの中央に軸を設けて強度を高めた構造であること、それを特許技術によって一体成形した製品であるということです。中は空洞ですが中央に軸があるため、へこみにくく、強度と安定性に優れています。一体成形なので継ぎ目もなく、水の浸透の心配もありません。一見、単純な構造に思われがちですが、同じものを作ろうとしても一般の成形機では不可能で、高い技術力が必要なんです。

製品は高さ30㎝の製品「PK-30」と高さ40㎝の製品「PK-40」の2種類があり、運搬のしやすさ、現場や用途に応じて自由に組み合わせて使えるところも大きな特長です。


(PK-40とPK-30の組み合わせによる階段:石川県震災後の漁港で仮設使用)


・・・どんな場所で使われているのですか?

現在、もっとも多いのは水上の作業や工事の分野での利用です。橋梁の点検や工事など、水上作業の足場として使用されており、フロートの上に重機をのせて、河川の水草の除去作業をされた事例もあります。観光関連では、フロートの上で足湯をしたり、水上ピクニック用にこたつを置いたり、という使い方の例もあります。エンジンを付けて走らせることもできるので、水上の移動も可能で、災害時の救助や物資の運搬にも使えます。

当社のホームページでは、さまざまな納入事例を紹介しており、それを見て、ご相談をいただくことも多く、目的や現場に応じて、新しい工法のご提案も行っています。

営業という意味では、一年に一回の展示会とホームページ上でしかしていませんが、現場で製品を目にした方からお問合せをいただいたり、納入後、使用時の写真や動画を送ってくださるお客様もいて、リピーターのお客様の口コミでお取引先も広がっています。


(使用事例 名古屋城のお堀の浄化作業のための台船として使用)


●「足りないことを理由にあきらめない姿勢」が大切。家族みんなの力で次なる挑戦へ

・・・三姉妹で事業を受け継ぎ、いま改めて思うことはどんなことですか?


人材が足りない、営業力がない、やったことがないからわからない。私たちに足りないもの、できない理由を数え始めたらきりがないけれど、それでは前に進まないので、とにかくやる。私の性格上、最初から100%完璧なものをめざすのではなく、スタートして走りながら完成させていく、「とにかくやっていこうよ」という思いがあって、それがうまくいったのかなと思っています。


例えば、ホームページも開設後、更新しながら充実させていく。当たり前ですが、お客様からの質問も、やり取りも、運送も、すべて最初は初めてのことばかり。スタートして一カ月たった頃、こんなこともありました。「フロートを明日欲しい」と高知県から注文が入ったのですが、その時点ですでに夕方で、運送手配が難しいと伝えても「明日じゃなければもういらない」と言われ、初受注だったので、とにかく何とかしなければと思い、「持って行くしかない」と翌朝トラックを借り、高知まで走ってもらいました。


何かが起こった時、私と父は「やらなあかんやろ」、妹たちは慎重に考える、攻めと守りのバランスがうまく取れていると思います。それぞれに性格は違いますが、お互いの得意分野がうまく融合し、尊重し合いながら事業を進めていける、家族だからこそ実現できる形だと思います。


・・・今後はどのような展開をお考えですか?


私たちが承継するべきなのは、父が培ってきた特許技術を使って製品をつくり、メーカーとしてオリジナル製品を世の中に出していく、という決意です。その代表的な製品が「PK²フロート」。フロート製品は、創業当時から父が作ってきたものであり、私たちも小さい頃からずっと目にしてきたもの、だからこそ大切にしたい製品なんです。

現在は工事関係の利用が大半ですが、マリンレジャー関連の問合せも増えてきているので、専用部材を強化して商品点数を増やし、今後は認知度とシェアを広げていきたいと考えています。

また、販路拡大の一つとして、全国にレンタル専用の販売拠点を設けて展開したいと考えています。拠点があればレンタル時の往復運賃やお客様の保管場所などの負担もなくなり、気軽に使っていただきやすくなると思います。

めざしているのは、全国展開する企業になること。現在はまだ事業の主体が下請け製品なので、フロート事業をもっと拡大し、しっかりした2本柱にすることが目標です。


・・・最後にみなさんから一言

株式会社トシプラ 浮かんでこ~♪


((左から)四女・利川 舞子さん、三女・利川 綾子さん、三姉妹の甥っ子さん、社長(次女)・利川 智子さん、会長(父)・利川 暉さん)


・・・・・・・・・・・・・・

■株式会社 トシプラ

代 表:利川 智子

所在地:滋賀県東近江市市原野町794

TEL :0748-27-1424

FAX :0748-27-1262

URL :https://toshipla.com/





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