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評価が食い違う現場で、焙煎の目的が変わった。—— 判断が成立しなくなった現場で、何が起きていたのか
2026年02月10日
同じ豆、同じ条件。それでも評価が真逆になる瞬間があった。違っていたのは技術ではなかった。判断の前提が、共有されていなかった。その違和感は、 「何のために焙煎するのか」という問いを残したまま、一つの行為の向きを変えていく。
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評価の前提が共有されていない現場で、起きていた“見えないズレ”。
評価は、同じ前提で共有されていなかった
焙煎の現場では、同じ豆を、同じ条件で扱っているにもかかわらず、評価が大きく食い違うことがあった。ある立場では「未完成」とされ、別の立場では「これで良い」と判断される。どちらも、間違っているとは言い切れなかった。
違っていたのは、焙煎の技術や工程ではない。評価に至るまでの前提が、共有されていなかった。──何を基準に良しとするのか。どの時点を完成と見なすのか。
その確認がなされないまま、同じ行為に対して異なる評価だけが並んでいた。このズレは、特別な出来事ではなかった。現場では、当たり前のように繰り返されていた。
行為の向きが、少しずつ変わっていった
評価が成立しない理由は、技術や結果にあるのではない。判断に至る前提そのものに、ズレがあるのではないか。
そう感じるようになっても、現場の作業がすぐに変わったわけではなかった。焙煎の手順も、確認の工程も、表面的には、これまでと変わらない。
ただ、「何をもって、ここまでやれば十分とするのか」、その基準の置きどころに、わずかな揺らぎが生まれていた。──評価される味に近づいているかどうか。それだけで、行為を終えてよいのか。
答えは出ないまま、問いだけが、作業の中に残り続けていた。
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答えを探すために、何度も繰り返した“ひとりの検証”。
そもそも、判断を成立させる前提が共有されていなかった
評価が食い違う原因は、正解が複数あったからではない。──何を評価の対象とするのか。どの段階を比較するのか。
その前提が、同じ場所に置かれていなかった。判断は行われているのに、成立していない。結論は出ているのに、納得が生まれない。評価の不一致は、技術や結果の問題ではなく、判断が成り立つ条件そのものが、揃っていなかったことによるものだった。
既存の枠組みでは、整理できなかった
これまで使ってきた考え方では、この出来事を、うまく説明することができなかった。
──判断を並べ直しても、どこかに無理が残る。理由を補っても、別の場面で、また崩れる。どの判断が正しいかを決めても、別の判断は、必ず宙に浮く。
この枠組みの中では、納得できる整理に辿り着けない。残ったのは、ここでは整理できない、という事実だけだった。
次の一手を探るほか無かった
この枠組みの内側では、これ以上、判断を重ねることができなかった。
評価が食い違うのであれば、どこで、どの前提のもとに判断が成立しているのか。それを確かめないままでは、同じ違和感が、繰り返されるだけだった。どの立場が正しいかを決める前に、判断が行われている場所そのものを、確かめる必要があった。
それは、選び取った行動ではない。他に残された選択肢が、もう存在していなかった。
そのやり取りを重ねる中で、現場の空気は、少しずつ変わっていった。いつの間にか、輪の中へ迎え入れられていた。
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2001年|ケニア・キリニャガ(右端が筆者)
構造が、表に現れていた
判断が成立しなかった現場は、特別な出来事が起きた場所ではなかった。
そこで新しい考え方が生まれたわけでも、答えが用意されていたわけでもない。
それまで見えにくかった前提や基準が、偶然、表に現れてしまっただけだった。
評価の基準は、どこで定められているのか。判断の前提は、どの立場を起点に置いているのか。同じ行為に異なる判断が並んでいた理由が、説明を加えなくても、見えてしまう状態になった。
構造の内側では、判断は常に揺れ、宙に浮いていた。だが、構造が露出した場所に立ったとき、その揺れの正体だけが、静かに見えた。何かを乗り越えたわけではない。
ただ、判断の前提が、はじめて同じ場所に置かれただけだった。
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こうして生まれた一杯が、今日も誰かの日常を支えている。
ESPRIT DU KENYA(エスプリ・ドゥ・ケニア)
ケニアの小規模生産者との信頼を軸に、現場で培った判断と経験をもとに丁寧に焙煎したスペシャルティコーヒーを、“忙しい人でもすぐ飲める”コーヒーバッグとして届けるブランド。
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