一般社団法人Chefs for the Blue
「ただの綺麗事で終わらないか?」100年後の海を守る、学生とシェフの挑戦
2026年02月25日
一般社団法人Chefs for the Blueが主催するプログラム「ブルーキャンプ」。
日本の海と食文化の未来を担う次世代を育成することを目的として、2023年から東京・京都で実施され、今年で3回目となります。全国から選抜された多様なバックグラウンドを持つ大学生・専門学生たちが、東京・京都で活躍するトップシェフとタッグを組み、4ヶ月にわたる学びの集大成として120名のお客様を迎えて3月に6日間のポップアップレストランを開店します。
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企画の過程で学生たちは様々な葛藤に直面します。
将来、寿司職人になることを決めている1人が議論の最中に投げかけた「それは綺麗事ではないか」という問い。本稿では、悩みながらもレストランのコンセプトが形作られていくその裏舞台をお届けします。
海の危機に挑む、社会変革プロジェクト「ブルーキャンプ」
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「ブルーキャンプ」は、海洋環境と水産資源の持続可能性をテーマにした次世代育成プロジェクトです。企画・運営を担うのは、トップシェフとフードジャーナリストで構成される「Chefs for the Blue」。このプロジェクトに参加する学生たちに求められるのは、単なる知識の習得ではありません。自らが主体となり、社会に対して波紋を広げ、人の行動を変えるような具体的なアクションへとつなげられるか。すなわち、社会実装への挑戦です。
日本は世界有数の海洋国家ですが、気候変動や乱獲により、かつて当たり前だった魚が食卓から姿を消しつつあります。
「100年後も魚を食べ続けるために、何ができるか?」。
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水産学、農学、社会学、情報学、そして調理学。異なるバックグラウンドを持つ学生たちが、フィールドワークや講義を経て、その答えを表現する場として設定されたのが、3月にオープンする6日間のポップアップレストランです。
これは学生生活の思い出作りではありません。実際に一般のお客様を招き、対価をいただき、食体験を通じて社会にメッセージを届ける、実証実験の場です。
行き詰まる議論。「美味しさ」だけで良いのか
100年後も魚を食べ続ける未来へ;「生産者」への壁
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参加する学生は、資源管理の政策、沿岸・海洋環境、水産流通・日本の魚食文化などの講義を通じ、日本の水産業の現在について学びます。同時に、定置網漁船への乗船、競りの見学、レストランでの研修を通して、魚が生物から食材へと変わり、調理が施され、私たちの口に届くまでの流れを実際に体験します。
こうして、様々なインプットを経て12月中旬に企画会議を迎えました。
学生たちに提示されたゴールは、「これからも日本の魚を食べ続けるために必要なこと、そして 私たちができることを「考え」「伝える」」。東京チームのメンバーは、この状態を構成する要素を、「水産資源が存在し続けること」と「人が水産資源を食べ続けること」の2つに分解しました。
当初、チームは資源を未来につなぐ鍵は「生産者(漁師)」にあると考え、アプローチを模索しましたが、リサーチを進めるほどに、水産業界の複雑な構造が立ちはだかりました。
市場での値決めのプロセスや複雑な流通網。消費者が魚を食べても、その利益が適正に漁師に還元され、資源管理のインセンティブになるとは限らない現状。そして何より、ブルーキャンプで出会ったような資源状況に対して関心のある漁師がごく少数であり、多くの現場では「生活のために、獲れる魚は獲れるだけ獲る」というマインドセットが根強いという現実がありました。
「学生である自分たちが、この巨大な産業構造や、ベテラン漁師の意識に介入するのは困難ではないか」。チームは、生産者への直接的なアプローチに限界を感じてしまいました。
「食べ手」を増やす未来
そこでチームは、「消費者」へのアプローチに活路を見出しました。
現在、魚食離れが進んでいる要因には、価格の高さや調理の手間、ゴミ処理の面倒さなどがあります。そこでチームは一つの問いを立てました。 「この面倒さを超えて、わざわざ魚を食べたくなるためにはどうすれば良いか?」
その答えとして導き出されたのが、「面倒さを上回るほどの『ワクワク』や『美味しさ』を提供する」ことでした。 さらに、ターゲットを「親子」に設定しました。 「子供が『これ食べたい!』と興味を持てば、親も食卓に出してくれるのではないか」。 子供を起点にすることで家庭内の行動変容を促し、さらに子供にも伝わるレベルまでメッセージを極限までシンプルにすることで、魚の魅力を伝えることができると考えたのです。
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「楽しさを通じて、魚を好きになってもらう。食べる人が増えることが、巡り巡って資源を守る一歩になる」。 ロジックが完成しようとしていました。
危機感から感じる違和感
今年度のチームの中で、ひときわ強い当事者意識を持って参加したメンバーがいます。服部栄養専門学校に通う20歳、足立昇大(しょうだい)です。鮨職人としてカウンターに立つことを夢見て、来年の4月から鮨屋への就職が決まっています。彼がブルーキャンプに応募したきっかけは、就職先の親方から言われた言葉でした。「10年、20年先には、今のように当たり前に魚を食べられるか分からない」。
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彼は会議で、率直な想いを言葉にしました。
「俺たちは、なんか綺麗事で進んでいる気がする。全ての視点で語りきれていない。
このままのアイデアでレストランをやったら、関心がある人には喜ばれるかもしれない。でも、今のままじゃ、ただの俺らの発表会であって、インパクトを残すことができないし、今後何も生きてこないと思う」
美味しい料理を提供するのは、料理人として当たり前の責務です。しかし、100年後の未来を見据えた時、ただ「美味しかった」、「楽しかった」で終わるレストランに、本当に海を守る力があるのか?
「僕たちは、生産者へのアプローチが『難しい』からといって、そこから目を背けているんじゃないか」。
他のメンバーも、それぞれの視点で葛藤していました。慶應義塾大学でアーバンデザインを学ぶ鈴江駿之介。彼も無力感に悩んでいました。
「消費者一人を変えたところで水産の現場の課題に大きな変化をもたらすことには繋げられないのではないか」。
メンターシェフからのメッセージ、問いの再定義
議論が行き詰まった中、メンターシェフとして学生たちの学びとレストラン作りに伴走する「CRAFTALE」の大土橋真也シェフが、学生たちに語りかけました。
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「世の中を変えたいなら、目の前の人がそこから先の人生で背負えるものを少しずつ大きくしていかなければいけない。やったことに意味があったかどうかを確認するのではなく、意味を持たせるために、何ができるかということが重要だと思っている」
この言葉、そしてしょうだいの問いかけを受け、チームは議論の前提となっていた「問い」そのものを書き換えました。 単に「魚を食べてもらう」ことではない。 「『わざわざ』未来のために、魚を食べ続けてもらうためにはどうすればよいか?」
この新たな問題定義が、チームの覚悟を決めさせました。「難しいから」と今回は断念した生産者の存在を、もう一度議論のテーブルに戻すこと。もちろん、たった数日のイベントで市場の構造を変えることはできません。しかし、この場に訪れる食べ手と、生産者の間になら、小さな「循環」を作り出せるのではないか。
どんな人がどんな思いを持って魚を獲っているかを知る体験は、魚をもっと身近なもので、ありがたいものだと認識することになる強い動機となるのでは無いか。そして、自分の獲った魚が、どう喜ばれているかを知る体験は、生産者にとっての誇りとなり、それが「この資源を未来に残そう」という意識の変革に繋がる種になるかもしれない。
「現場の漁師さんの心を動かすきっかけは、規制やルールだけでなく、食べてくれる人の『笑顔』と『声』にもあるんじゃないか」。
しょうだいが抱いていた現場への危機感が120名のお客様と共に検証する、小さな、しかし確かな実証実験へと昇華されようとしています。
2026年3月、レストランの開店
現在、チームは3月のレストランオープンに向けて、準備を続けています。
彼らが用意するのは、単なる「美味しい食事」だけではありません。 「綺麗事ではないか」と悩み、一度は立ち止まったしょうだいとチームメンバーたち。 安易な正解に逃げず、生産者と消費者の間にある溝に直面しながらも、彼らが選び取ったのは、両者を本気で繋ごうとする、泥臭くも新しい挑戦です。
本当にレストランに漁師を呼ぶことができるのか、どのようにして集客をするのか。親子というターゲットは決まっても、お客様には何を、どのようなメニューや演出で伝えるのか。議論は一筋縄ではいきません。
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「最後までやり遂げることで、テーマに対して新たなアプローチを発見できると確信しています。料理人の卵ではありますが、『海の豊かさと日本の伝統的な食文化』を次の世代に手渡す覚悟です」
プロジェクト参加時、そう決意を記していた足立しょうだい。
単なる「美味しい食事」の提供を超えた、食卓と海を繋ぎ直すための場としてレストランを作り上げようとしています。
100年後の海を守るための、小さくても確かな一歩。
学生たちの本気の挑戦を、ぜひ目撃してください。
主催者メッセージ:複雑な課題に挑む、次世代の「問い」が必要だ
最後に、本プロジェクトを主催する「Chefs for the Blue」代表理事・佐々木ひろこの、学生たちへの期待の言葉をご紹介します。
「水産業が抱える課題は、一朝一夕に解けるような単純なパズルではありません。私たちもこれまで、シェフを通じたサステナブルシーフードの普及や政策提言に取り組んできましたが、既存の枠組みに閉じていては突破できない壁があることも痛感しています。 だからこそ、次世代の力が不可欠なのです。 今回のチームが直面したように、この課題に『正解』はありません。しかし、安易な答えに逃げず、壁にぶつかりながらも自分たちの言葉で社会に問いかけようとする彼らの姿勢こそが、複雑に絡み合った現状に風穴を開ける希望になると信じています」
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