星野リゾート
伝統は、守るものではなく、使ってつなげていくもの ‐二代目の獅子頭誕生と、職人の魂を震わせた『現場』の熱気‐
2026年03月10日
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金沢から新幹線で約30分。1300年の歴史を誇る山代温泉の街並みに、ひときわ目を引く紅殻(べんがら)格子の建物があります。それが「界 加賀」です。かつて美食家・北大路魯山人が若かりし頃に逗留し、美意識を磨いた老舗旅館「白銀屋」の歴史を受け継ぎ、2015年に星野リゾートの温泉旅館ブランド「界」として生まれ変わりました。
私たちが大切にしているのは、この地に息づく伝統文化を現代の感性で解釈し、お客様へ届けることです。魯山人の哲学が息づく器、加賀友禅の美しさ、そして街の象徴である「湯の曲輪(ゆのがわ)」。この宿は、訪れる人が加賀文化に触れ、その熱量を感じるための場所でありたいと考えています。
その想いを象徴する一つが、毎晩ロビーで繰り広げられる「ご当地楽 加賀獅子舞」です。この演舞が、一人の職人一家とスタッフたちを繋ぎ、物語を生み出すことになりました。
一人の女性が持ち込んだ「突拍子もない相談」
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県下唯一、獅子頭制作を手掛ける「知田工房」
「白銀屋」から「界 加賀」へ生まれ変わったとき、一つの試みがありました。
「白銀屋の伝統を大切にしながらも、界 加賀でしかできない体験を作ろう。」
山代温泉の枠組みだけで考えると、どうしても他の宿と似たようなものになってしまう。チームは視野を金沢エリアまで広げ、そこで出会ったのが、前田利家の金沢入城の際にも舞われた伝統芸能「加賀獅子舞」でした。
ある日、石川県唯一の獅子頭専門工房「知田工房」に、一人の女性がふらりと現れました。界 加賀のスタッフです。彼女の口から飛び出したのは、初めて聞く相談でした。
「獅子頭を譲ってください。宿の中で、毎日お客様の前で舞いたいんです。」
当時、工房を守っていた初代と二代目の知田さんは驚きました。なぜなら獅子頭は、神棚に大切に飾られるか、あるいは年に一度のお祭りで大切に担ぎ出されるのが常識だったからです。それをきっかけに、知田工房に眠っていた、かつてお祭りで使われていた獅子頭が、界 加賀へと託されることになったのです。
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知田工房二代目・知田 清雲さん
マニュアルのない「真剣勝負」
こうして始まった加賀獅子舞プロジェクトですが、大きな悩みがありました。獅子舞は本来、お祭りの高揚感の中で舞われるもの。しかし、私たちが目指したのは、温泉旅館の落ち着いた情緒と共鳴し、一つの完成された物語として心に響く「演目」でした。
そこで私たちは、山代温泉の夏を彩る「山代大田楽」からヒントを得ました。研究者や、音楽家、舞踊家たちが中世の「田楽」を現代的なエンターテインメントとして復元し、創り上げたお祭りです。単なるお祝いの舞としてではなく、演劇的に構成し、界 加賀でしか見られない舞台を目指すことにしたのです。
熱気ある山代大田楽の様子
衣装、演目、振り付け……。すべてがゼロからのスタートです。有志のスタッフが集まり、時には夜遅くまで、様々な方々に教えを請いながら手探りで稽古に励みました。最初はたった3人でのスタートでしたが、その泥臭い努力こそが、今の「界 加賀の獅子舞」の礎となりました。
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練習に励む界 加賀のスタッフ
365日、休むことなく拍手を浴びる獅子。しかし、本来毎日使うように作られていない工芸品には、連夜の演舞で少しずつ摩耗が生じます。それでも、定期的なメンテナンスで獅子頭を持ち込んだ時、二代目の知田さんはスタッフにこう言いました。
「獅子頭を見れば、どう扱われているか分かります。この獅子を大切に振っていることが伝わってきますよ。」
日々の演舞によって摩耗した獅子頭
職人の家族が見た、一筋の光
開業から年月が経ち、界 加賀は大きな節目を迎えようとしていました。「加賀獅子舞の魅力をもっと深く伝えたい」と考えたスタッフは、お客様を工房へ案内するツアーを始めたのです。さらに職人である工房の二代目とそのご家族を、宿の演舞へと招待しました。
客席には、知田さんと、共に工房を支える奥様、そして新しい感性で獅子頭のイヤリングやキーホルダーを作る三代目のご子息の姿がありました。
演舞が始まると、そこには命が宿った獅子の姿がありました。知田さんは、自分たちが作ったものがお客様に届く瞬間を目の当たりにし、その視線は、すでに「次」を見据えていました。
「毎日これだけ激しく使うのなら、次はもっと現場に寄り添ったものにしよう。」
界 加賀のスタッフと知田さんご家族
一本の丸太から生まれた、新たな獅子頭
2025年、開業10周年の節目に、ついに新たな獅子頭の制作が始まりました。
丸太から選定し、制作をする知田さん
「小柄な女性スタッフでも扱いやすいように、重心を調整してほしい」
「耐久性を上げるために、歯の部分に鉄筋の板を挟み込もう」
職人の技と、現場の切実な声。実際に演舞を見た知田さんにより、細かな調整が施されていきました。材料となる一本の丸太選びから始まり、完成までにかかった歳月は1年以上。両者の想いがこもった獅子頭が完成しました。
開業時から使用されていた獅子頭(右)と新たに制作された獅子頭(左)
伝統の先にある、新しい景色
ついに完成した二代目の獅子頭は、今、界 加賀のロビーで力強く躍動しています。
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知田工房のご一家は今、獅子頭の魅力をより身近に感じてもらうために、イヤリングやキーホルダーといった新しい形での伝統の発信を始めています。施設側もまた、舞だけでなく、獅子頭の歴史や背景を知田さんと連携して伝えていく、新しい演出を模索し続けています。
「伝統は、守るものではなく、使ってつなげていくもの」
今夜もまた、ロビーに力強い音が響き渡ります。一本の丸太から始まったこの物語は、スタッフの手からお客様の心へ、休むことなくつながり続けていきます。
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