公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
「山里の額縁工房が作るスツール」。手仕事の職人芸が紡ぐ物語
2025年03月13日
特定非営利活動法人府中ノアンテナは、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」で、額縁工房の手仕事を駆使して、額縁のように美しいものになじむ椅子を提供する。家具に額縁製造技術を転用させ、現代のライフスタイルに合わせて、絵を引き立てる額縁のように、脇役としてくらしを支えるものづくりをめざしている。また、額縁づくりなどの体験や、ものづくりを育む山の景色の中に入り込む散策、山の幸を生かした食の体験の企画も予定している。そのプロジェクトについて、3回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「山里の額縁工房が作るスツール」。手仕事の職人芸が紡ぐ物語 Vol.1
特定非営利活動法人府中ノアンテナ副理事長小谷直正さん
広島県府中市は県東南部に位置し、「消滅可能性自治体」にリストアップされている中山間地域だが、時代の風を読みながら伝統の技を活用し「進化するものづくりの街」に変わろうとしている。のどかな里山から、Co-Design Challengeを通じて万博会場に送り出すのは「山並みの景色を切り取った」、額縁工房の作るスツールだ。そこには弱みを強みに転じた復活のストーリーがあった。
「明るく、楽しい地域社会をつくること」をキーワードに2011年に設立されたのがNPO法人「府中ノアンテナ」だ。副理事長の小谷直正が今回のプロジェクトを仕掛ける。地域の魅力を次世代にバトンタッチしたいと奔走する小谷だが、「ここに自分の未来はないかもしれない」と大学進学を機に府中を出たUターン組だ。府中に戻ったのは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。当時東京の企業に勤めていた小谷は、震災当日福岡に出張中で、夜行バスでやっと戻った東京は、コンビニもスーパーの棚も空っぽだった。「この先東京にはいられないな」。2009年に生まれた子どものこともあり2012年に府中に戻り、その後地元の縁で、「府中ノアンテナ」の活動に加わるようになった。
「葉っぱの色が一枚一枚違う」。一度は離れた古里の自然がいとしくなったころ、この街の面白さが見えてきた。繊維、木工、金属と地場産業の盛んな地域ではあったが、代替わりする中で新しいものづくりに挑戦し、ニッチ(隙間)を開拓していく企業の姿があった。「府中ノアンテナ」は「瀬戸内ファクトリービュー」と銘打ち、工場見学やワークショップを行っているが、携わるうち小谷には希望と夢が見えてきた。「府中のポテンシャルを発信したい」。中国経済産業局からのアドバイスもあり、Co-Design Challengeへの挑戦を決めた。
協力先として声を掛けたのは、1988年創業の「伝統工芸株式会社」だ。書道が盛んな土地柄もあり、額縁や屏風、茶道具などのメーカーとしてスタートしたが、海外からの格安製品などの流入もあり生産は減少。起死回生の一手として2012年ごろから家具作りに乗り出した。「まさか家具を始めるとは」。代表取締役社長の服巻(ふくまき)年彦は振り返るが、活路を開いたのは額縁作りで磨き上げた伝統の技だった。手仕事を駆使して生みだされる精緻(せいち)な美。万博の場で勝負するのは、職人の魂が宿った木製スツールだ。
ものづくりを育む、額縁に納めたくなるような府中の美しい山の景色
伝統工芸株式会社代表取締役社長服巻年彦さん
「山里の額縁工房が作るスツール」。手仕事の職人芸が紡ぐ物語 Vol.2
額縁工房の椅子(スツール)の試作品
服巻は24歳まで東京で料理人として活躍していた経歴を持つ。結婚を機に妻の実家の「伝統工芸」を手伝うようになった。時はバブル崩壊のころ。「このままじゃいかんぞ」。模索を続けるなか、思わぬところから新しい注文が入った。ソファメーカーから脚部製造の依頼だった。目を付けたのは額縁作りで培った「留め」の技術だ。少し方向性を変えるだけで自分たちの強みがいかせる。今につながるターニングポイントとなった。
「留め」とは、断面を45度に切断した木材同士を直角に接合することをいう。強度を落とすことなく見た目も美しいが、高い精度と技術が要求されるため家具メーカーでは手が出しにくい領域だ。他社から受託するOEM(相手先ブランドによる生産)では、技術が流出してしまう。オリジナルの家具作りに踏み出した。小さな工場なので大量生産はできないし、大きな製品も作れない。すべての工程が手作りだ。弱みは強みに転じた。「家具メーカーには作れない家具」は評判を呼ぶようになった。
万博会場には、5脚のスツールを出す予定だ。「留め」の技術が生み出す美しい曲面、なめらかな手触り、木目の優しさ、すべてが心地よさに通じる。「伝統工芸」で取締役を務める安田剛は言う。「額縁は作品を引き立たせるための道具。その思いを引き継ぎ、主張せず、暮らしを引き立てる家具を目指した」。和のテイストも受け、海外からも注文が入る。工場の周辺は、たおやかな稜線(りょうせん)の山々。「周囲に直角的なものはない。職人も穏やかで優しい。そんなストーリー性も感じてほしい」。思いは作品に、にじむ。
体験企画では、「額縁に収めたくなるような」美しい景色を体感するツアーを提供する予定だ。額縁作りや山の幸の食体験、山にスツールを持ち込んでの野点(のだて)など、過疎地を逆手に取って里山を丸ごと楽しんでもらうことを検討している。
服巻は「コンパクトにまとまって色々な業種の人間がフレキシブルにチームで動く。そこが府中の良さだ」と言い、「万博を海外の販路拡大のビッグチャンスにつなげていきたい」と意欲をみせる。
府中は、江戸時代には石見銀山(島根県)と瀬戸内の港を結ぶ石州街道の要衝の地だった。進取の気風が育まれ、変化を楽しむ土壌がある。小谷は「ブランドとしては知られていないが、商品の良さで選ばれるインディーズの企業が多い」と言う。だからこそと力を込める。「このプロジェクトは、若い人たちの未来もつくっている。万博を新たな人との出会いの窓にしたい」。
開発のベースとなっている製品
体験企画の額縁作りの様子(「留め」の接着工程)
「山里の額縁工房が作るスツール」。手仕事の職人芸が紡ぐ物語 Vol.3
(手前)藍染、(右奥)柿渋染、(左奥)柿渋鉄媒染の「スツール」
国内外から多くの人々が訪れる万博に向け、安全面を検証し、強度をより高めるためにスツールは当初の3本から4本脚へと変更を行った。額縁工房「伝統工芸」の卓越した技術を駆使したシンプルなフォルムは変わることなく、凜(りん)とした存在感を示す。木の表情を生かすために草木染も使われる。藍は、栽培から染めまでを一貫して行う福山市の工房が協力。天然の藍ならではの奥深いブルーのスツールは、この地ならではの色合いを醸し出す。
まちの魅力を知り尽くす小谷は、体験企画にも力を入れる。府中の良さを知ってもらうには直接足を運んでもらい、文化も自然も丸ごと味わってもらうのが一番だと考えるからだ。府中に来てスツールの背景にある物語も感じ取ってほしい。「伝統工芸」では、工場で切断、研磨、塗装などの一連の作業を見学した後、スツールや額縁作りなどに挑戦してもらう。手のかかる部分はキット化しており、数日かかる工程が1日で完了し、そのまま持ち帰れる。
また食の魅力も伝えていく。国の登録有形文化財で1872年創業の元料亭旅館を改修した料亭「そ 恋しき」では、2013年、2018年にミシュラン1つ星を獲得した料理人が腕を振るい、地元食材を活用した料理を提供する。ほかにも里山に分け入り香りを蒸留して楽しむツアーも計画。自然の中でスツールに座って弁当などを楽しんでもらう予定だ。
府中のまちは、観光地化されていないがゆえに希少さを保つ。江戸幕府直轄の支配地「天領」であった上下町(じょうげちょう)には、備後の山中で守られた「奇跡の商家群」が残り、日常のありふれた風景の中に歴史が溶け込む。白壁やなまこ壁、格子戸が続き、格式がありながらも、懐かしい町並みを形成する。ここで活動する一般社団法人天領上下まちづくりの会が取り組む「上下天領ツーリズム」のツアーと連携し、「普段の生活の中に入ってもらう」体験も考えている。
「これからの日本のくらし(まち)をつくる」ことは、Co-Design Challengeのコンセプトだ。小谷は「府中にあったものをうまくつないでいっただけ」と話すが、このまちを見直し潜在能力を引き出す仕組み作りは、整備されて将来に引き継がれていく。府中市がサステナブルであるための基盤作りは大きく前進した。
「伝統工芸」の家具は「暮らしの引き立て役」だという。万博会場にさりげなく置かれた5脚のスツールに目を留めた来場者が主人公となり、府中のまちを訪れて、ストーリーを作り上げていく。新たな出会いから府中がどう生まれ変わっていくのか。小谷もワクワクする思いで伴走を続けていく。
額縁工房の技術を駆使してつくられた「スツール」
体験企画の額縁作りの様子(「留め」の裁断工程)
Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果はEODCレポートをご覧ください
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