「喜び」「怒り」「哀しみ」「楽しさ」―自分の感情を起点に“男性の生きづらさ”を見つめ直したらどうなるでしょうか。婚活やファッション、日傘など日常に潜む違和感を題材に、大学生たちが改善のアイデアを話し合いました。早稲田大学で開かれたワークショップの様子を、東京新聞の「てらすまなぶ」プロジェクトが取材しました。
企業連携ワークショップとは、企業が直面する課題について、早稲田大学の学生がチームを組んで課題解決に取り組むプロジェクト。今回は、夏休み中の学生を対象に、株式会社 電通と連携し、「今見知らぬ街を知り、その場所を彩るアイディアを」をテーマにクリエイティブやテクノロジー、デザインなどの手法で社会の課題を解決する方法論を学びチームで提案をします。

全12回のプログラムのうち、第5回・第6回では、「あなたの喜怒哀楽で社会を動かせ」をテーマに、電通内の部署横断プロジェクト「FemTech and BEYOND.(フェムテックアンドビヨンド)」を立ち上げたプランナー石本藍子さんとコピーライターの大重絵里さんが登壇しました。自分たちの感情を起点に、そのインサイトを掘り下げて課題を見つけるクリエイティブ手法を学んだ後、16名の学生一人ひとりが自分や周囲の人達の経験から感情を掘り下げ、「男性の生きづらさ」の課題を見つけ、それを改善する事業アイデアを考え、プレゼンテーションしました。
「男性の価値が年収だけで測られるのは残念な気持ち」。こんな感情からアイデアを創出したのはRさん。「結婚の条件で男性に最も求められるのは年収。自分の好きな仕事に就きたくても、年収のいい仕事を優先したほうがいいのかと考えてしまいます。お金は人生を豊かにする手段の1つだけど、男性も女性も収入に縛られず、自分なりの豊かさを描ける人を増やしていきたい」と目標を設定。
Rさんが解決したいと考えた課題は「婚活市場に多様な豊かさの視点を導入する」。マッチングアプリや結婚相談所などで相手を選ぶ際に、「家庭力」や「共感力」、「人生設計力」といった多様な指標を取り入れて、結婚に対する価値観の転換を促すというもの。「男性は収入以外の強みでも評価され、女性も将来の安心感を多角的に判断しやすくなる」と目指すゴールを表現しました。

「男性が女性の服を着ていたらどんな印象を抱きますか?」と、プレゼンテーションで問いかけたのはNさん。女性が男性服を着ることには、「かわいい」「おしゃれ」といったイメージがあり、「ボーイッシュ」という肯定的な言葉も存在する一方で、男性が女性の服を着るのは「似合わない」と考えられがち。Nさんは、「ファッションは自分を表現する手段の1つなのに、男性のファッションが制限されてしまうのは悲しい」と課題を深掘りしました。

この現状を改善するための具体策は、「ガールリッシュ」という新しいファッションブランドを立ち上げること。既にある「ガーリッシュ」という言葉をベースに、新しい言葉を創作して価値観を表現。長い丈のスカート、黒を基調にしたデザインなど、男性が着ても違和感がない女性服を提案しました。目指すのは「男性も自分を表現する服装の幅が広く持てる、ジェンダー差別のない社会」。
今回のプレゼンテーションは、気象状況によりオンライン開催となってしまいましたが、そうでなければ実際に女性の服を着て登壇するという仕掛けも考えていたというNさんに、「疑問を投げかけるプレゼンの仕方がいいですね。ユニクロでも男女兼用の服を出しています。新しい価値観をつくるというアイデアの出し方がいい」と大重さん。石本さんも「新しい言葉を考え、世の中に訴えるというアプローチはすごく有効な手法で、私たちも良く使っています」と評価しました。
一方、女性の視点で男性の生きづらさを考えた学生も。日常的に男女の役割に違和感を覚えてきたというTさんは、「単身赴任はなぜ男性が多い?」「家庭では一般的に女性が料理をつくるのに飲食店で男性の料理人が多いのはなぜ?」など、生まれてから19年間にジェンダーによって「もやもやを感じることがたくさんあった」と話します。「もやもや」という感情に注目したTさん。中でも、「一番もやもやが大きくて生きづらそうと感じていたのは46歳の父でした」。

「40~50代の中年男性は、20年以上働く中で社会のジェンター意識が大きく変化し、若者と経営層に挟まれて大きな責任を背負っていると感じます。ですが、父が弱音を吐いたり、涙を流したりしているのを見たことがありません」と、中年男性の生きづらさを代弁。データを調べてみると、悩み事を相談できる友人が「いない」中年男性は、ほかの世代や女性に比べて圧倒的に多かったといいます。
そこでTさんが考えた課題は「40~50代男性が声を吐き出す場所がない」でした。具体的な改善策は、「俺たちの声を聞いてくれ展」で若者世代に向けて気持ちを表現すること。「なかなか話しにくい中年男性の心の内を、ポップに面白く、敷居を低くして伝えることで世の中にポジティブで優しい感情が“無意識に”備わる仕組みを目指します」。
提案を聞いた大重さんは、「企画の出し方がプロですね。こういう企画展で発信された言葉がバズると『弱音って吐いてもいいんだ』という思いが世の中に伝わって、社会を変えることにつながると思います」。石本さんも「お父さんという具体的な人をイメージしたことで解像度が高くなり、そこからアイデアにうまくつなげられたと思います」とアイデアを高く評価しました。
学生が考えた男性の生きづらさには、他にも多様な着眼点がありました。
「スイーツが好きな男性もいるのに、男性だけで店に行くのは恥ずかしい」
「世の中ではプロポーズは男性がすると思われている。女性がしてもいいのでは?」
「スポーツが苦手な男性には世間の風当たりが強い」
「男性はご飯をいっぱい食べるという固定観念があり、小食男子は生きづらい」
「男性は暑くても日傘を差し差しにくい」
社会に目を向けた改善策の提案もさまざまで、すぐ実現ができそうなアイデアも。男性は日傘を差しにくい、という課題には、「野外フェスで限定デザインの小さな日傘を販売して、ファッションからジェンダーバイアスをなくす」、「オフィスに男性用日傘のサンプルを設置して、同調圧力を利用して『みんなが使っているから大丈夫』という意識を広める」など、多様なアプローチから提案がありました。
学生の発表を見届けた大重さんは「感情を起点にした課題にはいい意味で共通項がありました。課題から導き出されたのは多様な社会にしていくというゴール。男性の生きづらさを考えると、結局、全員のために良いアイデアになるのだと思います」とコメント。石本さんも今回の講義を振り返って、「自分の違和感や感情に名前をつけて、その感情を冷静に見つめ、人を巻き込んで共感を生むスキルを身に付けてほしい。それが社会を動かす力になります。感情を出発点に社会を変える人になってほしいと思います」と、柔軟な発想力でアイデアを生み出す学生たちにエールを贈りました。